天空のアツォンパ遺跡を訪ねる/行き方/球戯場が3つもある珍しいサポテコ族の遺跡[メキシコ・オアハカ]

今回はこの前を訪れたアツォンパ遺跡について。

ほぼノーマークだった遺跡で、行こうかどうかそら考えていなかったような場所だけれど、インスタグラムでアツォンパ遺跡がよかったというコメントを頂き、興味を持って、今回行ってみることにした。

ほとんど観光客が訪れない静かな遺跡

だけれど、かなり見応えのある遺跡で、規模も思ったより大きくてびっくりした。

アツォンパ遺跡があるのは、山の上に作られていて、景色もとても綺麗だった。 時間のある人にはおすすめの遺跡が、またひとつ私のリストに加わった。

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1. アツォンパ遺跡への行き方

アバストスからコレクティーボが出ていて、15分から20分ぐらいで到着。

コレクティーボの値段は、片道10ペソで、アツォンパ村の教会のところまで連れてってくれた。

そこから少しハイキング。坂道を登ること40-50分で、遺跡にたどり着く。

日中は暑いので、早めに行くべき。しっかりと水も持って行きましょう!

アツォンパ遺跡のGoogle Mapはこちら

2. アツォンパ遺跡の入場料と時間

なんと、なんと、入場料は、

無料!!

アツォンパ遺跡より規模の小さい、ダインツ遺跡やヤグル遺跡でもしっかりと入場料を取るのに、アツォンパは無料で入れた。

入場料:無料

時間:8:00am~5:00pm

3. アツォンパ遺跡の前に行くべきミュージアム

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坂を登っている途中に現れる、 Museo Comunitario Santa María Atzompa。

ここには、規模は小さいながらも遺跡からの出土品が飾られていて、しかもかなり状態の良いものが残っている。

入場料20ペソと書いてあったけれど、窓口は閉まっていて無料で見れた。

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写真を撮っていると、

「フラッシュは禁止ね。」

とおじさんが言ってきただけで、好きなだけ写真も撮れた。

ただ残念なのは、説明書が全てスペイン語だけだった。

4. アツォンパ遺跡はいつごろ作られたもの?

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モンテアルバンの衛星都市として作られたアツォンパの都市。モンテアルバンが急成長し、人口も急激に増え出した時期にアツォンパが生まれたと考えられている。

主に、権力を握っていた少なくとも二つの家族が暮らしていたと考えられていて、Casa de Oriente(East House)と、Casa de los
Altares(House of the Altars)で暮らしていた。彼らはアツォンパにとって、とても重要な人々で政治の中心だった。

アツォンパで採掘される岩は、質の良いもので、アツォンパからモンテアルバンまで運ばれて建築物が作られていったとも考えられている。

モンテアルバンと比べて、宗教色が薄い場所だったと考えられていて、人が実権を握って政治を動かしていた。

ざっくり年表

200年頃:サポテコ族の一部の家族がアツォンパに住み始める。

650-850年頃:モンテアルバンの衛星都市になる。関係はあるが全く別の都市。その中で、アツォンパ独自の支配者が生まれる。

900年:衰退し、人がいなくなる。

2012年:一般公開

さらに、アツォンパは、テオティワカンやグアテマラとの、様々なものを売り買いできる商業都市だった。

5. アツォンパの名前の由来

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ナワトル語で、”At the
headwaters(水が湧き出る場所・水の源泉)”という意味のアツォンパ。この前は、メキシコにスペイン人が届い着く少し前につけられたと考えられている。

さらに前のオリジナルの名前は、サポテコ語で”研究され続ける場所”という意味の言葉があったそう。

6. 奴隷の家

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母屋から直結して、お手伝いをする人(悪く言えば奴隷?)の暮らす場所も確保されていた。すぐに母屋に行けるように、すぐ隣に暮らしていた様子。

オアハカの家を見ていても、お手伝いさんが暮らす小さな部屋がある建築様式の家があるので、何百年も前からこういった文化が受け継がれてきたと考えられる。

7. 他の遺跡と比べて、大変作りやすかった都市アツォンパ

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所々に設置してある、説明書のボートの中で面白いものが一つあった。

特にこのエリアは、岩が多く、その岩を削りだして作った遺跡がモンテアルバンや、このアツォンパ遺跡だった。

他の遺跡だと、遠くの方から岩を持ってこないといけないことも多かった時代、アツォンパはここにある岩を削り取って、丘の上まで運んで、石を積み上げて作られた遺跡。アツォンパが作られているこの丘は、こうして作られている。

むしろだからこそ、ここにピラミッドの数多く建築された都市が出来上がったという考え方もできる。

8. アツォンパも例外なく球戯場は大切だった

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どこの遺跡にも必ずあるといってもいいほどの、球技場。メソアメリカの人々にとっては、宗教的にも、政治的にもとても大切な儀式。

ゴム製のボールを、手以外の部分で打ち返して競技するゲーム。

9. アツォンパ遺跡にある建物

Casa del Oriente(East House)

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カサ・デル・オリエンテは、住宅用の建物と、その住宅に暮らす人々をお世話するためのお手伝いさんもお家が併設されている。

住居のエリアは、はっきりと区画されたパティオがあり、品質の高い素材を使って建てられている。さらに、石の上にはしっかりと分厚い漆喰で固められている。この家には特権階級の家族が暮らしていたそう。

召使いの暮らしていた部屋もすぐ近くに設置してあり、廊下でつながれていた。さらにそこには、何かを焼いた後(陶器を作っていたのか?料理をしていたのか?)や、陶器が発見されている。

The Ball Courts

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アツォンパには三つもの球技場があり、そのすべての球戯場が”I”の形をしている。マヤ遺跡に発見されるような大きな輪の形をしたゴールなどはない。

一番大きな球技場は、モンテアルバン帝国の中でも最大級のもので、宗教的なゲームが行われていた。長さは45 M あり、石の積まれ方もとても美しく仕上げられている。

彼らの名誉のために戦う時は、コートの端の壁の上に、神様の像が設置されていたと考えられている。

Casa de los Alares

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Casa de los Alaresも、特権階級の家族が住んでいた場所で、窪んだパティオがあり、そのパティオの周りには18もの部屋が設置されている。カットされた石と、漆喰で作られている。

Kiln

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Kilnは、陶器を作るための場所。
現代のアツォンパ村の民家で見られるものとほとんど同じ。この時代から、今まで受け継がれている文化と思うと、感慨深いものがあるのでは。

10. 最後に。アツォンパ遺跡の景色が超きれいだった

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ところで、私の思うアツォンパ遺跡の最大の見所は、”山の上から見える景色”。アツォンパの支配者たちも、こうして美しい景色は毎日眺めていたのか。

山登りはぼちぼち大変だけど、登った先にある景色はとても綺麗なので、労力をかけて価値はあったと思う。といっても、村の中にはトゥクトゥクもたくさん走っていたので、わざわざ歩かなくてもお金さえ払えば山の上まで連れて行ってくれるはず。

サンドウィッチでも持ってピクニックがてら行くのも、断然あり。

オアハカの遺跡リンク集

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Ai
  • Ai
  • 【構成要素】

    旅と写真とブログでできている。

     JICAの青年海外協力隊として、東アフリカのタンザニアに行ったのが最初の海外生活。

      東南アジア、北米・中米など一人旅して、今はメキシコのオアハカに滞在中。スペイン語習ったり、写真撮りに行ったり。

     フォトストックサイトで写真を販売したり、翻訳やライターのお仕事もしつつノマドっぽいことしてます。

    【今後の展望】

    ・メキシコ移住実現

    ・オアハカのアートを探る旅

    ・南米を旅する

    アート好きな方や、写真撮ってる方、ブロガーの人などと繋がりたいです。
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