激動の時代を乗り越えてきたキューバ。これからの行方を知るためにキューバという国がどうやってできたのか。先住民が全滅した国。

メキシコに次いで、キューバを旅した時に毎日書いていた日記をまとめてキンドル本にするためにまとめている。

 

結局キューバには2度も行ったのだけれど、あんまりキューバという国の背景を知らずに行ってしまった。

 

しかし、知れば知るほど、なるほど納得の背景があって、今に至る。私の中で、一番異質な国だと思ったキューバ。ここを少し掘り下げていきたい。

 

ちなみに、キューバは旅人の中では真っ二つに意見が分かれる国で、

 

「めっちゃ好き!!」

 

って人と、

 

「最悪、もう絶対行きたくない。」

 

と人がいる。

 

どちらにしても、強烈に印象を残す不思議な国。

 

私も、ある側面では大嫌いだと思ったし、ある側面では大好きになった。も~、キューバ意味わからん!となったのも事実。

 

 

前置きが長くなってしまったけど、ここからキューバの生い立ちを追っていく。

1. 探検家コロンブスが来た  1492年

Havana 1639b.jpg
By Library of Congress[1], Public Domain, Link

キューバの悲劇はほかの国と同様に?といっても良いかどうかわからないけど、コロンブスの到着。

 

そこから始まる。

 

本当は先住民がいたので、もっともっと古い歴史もあるんだろうけど、なぜかいつも時代が始まるのはヨーロッパからの冒険家の到着ってゆうのが不思議だけど、私の読んでる情報がそうなので仕方ない。

 

 

2. 先住民が100年で全滅

奴隷貿易が始まった。

 

アフリカ大陸からスペイン人が大量に奴隷を連れてきて(年間1万人とも言われている)、キューバのさとうきび産業を大きくさせて、先住民も同様に奴隷のように扱われていた。

 

過酷な労働環境に加え、外国から持ち込まれた菌により感染症が蔓延。

 

その結果、先住民が全滅。という悲惨な歴史。めちゃくちゃな時代だ。

3. そんな中、アフリカから来た人々が立ち上がった

奴隷革命が起こって、アフリカから連れてこられた黒人たちが隣の島ハイチで独立国家を建設した。

 

それにより、ハイチでビジネスをしていたスペイン人たちはキューバへ移動。

 

キューバのさとうきび産業がさらに拡大した。これが”砂糖革命”と呼ばれ、黒人の奴隷は1500万人ほどの人口いた。

4. 引き続きキューバ独立 1902年

CheyFidel.jpg
By Alberto Korda - Museo Che Guevara, Havana Cuba, Public Domain, Link

ついにキューバはスペインから独立を果たす。

 

その時に、大きな支えになったのがアメリカだった。いろんな意味でアメリカに借りを作ってしまったキューバは、国家といえどほとんどアメリカのものだった。

 

1952年にバティスタ政権になり、彼は私腹を肥やすだけの政治家だったらしく、国民の不満が募っていた。

 

 

5. キューバの英雄カストロの登場

BatistaFireSquad.jpg
By Unknown photographer, now held by Imagno. - Museo de la Revolución, en La Habana, Cuba, + it appeared in Life Magazine on May 1, 1958., パブリック・ドメイン, Link

ここで登場するのが率いる革命軍だ。

 

しかし、政府が一旦鎮圧し、カストロは政府に逆らったという罪で15年の刑を受ける。刑を全うした後、カストロはメキシコへ亡命する。

 

そこで出会ったのが、チェ・ゲバラだった。

 

上記のリンクは、ゲリラを政府軍が処刑する様子の写真です。

 

本当にこんなことが、あんなのんびりした国であったなんて信じられない。

wikipediaの記事も面白いので、興味があれば読んでみるべき。

 

 

6. カストロとゲバラはキューバへ

ともにキューバを変えるべく、ハバナに向かった2人の男たち。彼らは民衆、特に農民の心を掴んで1959年ハバナを陥落させた。

 

これが”キューバ革命”だ。

 

アメリカの支配を受け続けたが、施設や土地の国有化を進めていった。

 

この時代はアメリカとソ連の冷戦時代だったこともあって、ここでソ連とキューバは手を組む。打倒アメリカ‼といったところだろうか。

 

そして、黙っていなかったのがアメリカ。1961年にアメリカとキューバの国交が断絶する。

7. キューバ危機が起こる

アメリカ VS ソ連・キューバという図式ができた。

 

”キューバ危機”と呼ばれる戦いは、核戦争の一歩手前ギリギリまでの緊張状態が続いた。

 

そんな中1991年にソ連が崩壊する。激動の時代。。。

8. 支えがなくなったキューバ

ソ連という大きな後ろ盾がなくなってしまったキューバ。

 

経済も行き詰まり、結果、

2015年4月11日中米パナマで当時のアメリカ大統領オバマさんと、カストロが会議を開催して、国交を回復。実に歴史的な瞬間で、なんと54年ぶりにアメリカとキューバが歩み寄った。

 

これは”キューバの雪融け”と呼ばれている。

 

こんなのが3年前!全然知らなかったけど、興味深い。。。

 

そして日々テクノロジーが入って、キューバが変わっている。行くなら今だよ!賛否両論あるけど、いろんな意味で面白いキューバだった。

キューバに関して

!news!

2作目のキンドル本を出版できました~!!今回は、キューバ旅の模様。時が止まったようなキューバ。それもそのはずで、アメリカとの国交が回復したのが2015年。物資がなく、まさに鎖国状態だったといっても過言でないこの不思議な国。一筋縄ではいかなかったキューバ旅の毎日を日記形式で書いてます。

祝!初出版!初回なので、99円でお読み頂けます。

メキシコ放浪記。カナダを出てから、キューバに行く前のメキシコ、ユカタン半島を周った1か月の記録。

マヤ遺跡を巡って、シャーマンとセレモニーをして、セノーテに行って、恋して、ビールを飲んで。リッチな旅行ではなく、節約旅。いかにお金をかけずに楽しく旅をするか。旅をしていて感じた事を毎日毎日記録し続けました。

近くに行く予定のある人には、バスの値段やどこに泊まったかもなるべく書いたので旅の参考になるかもしれませんよ。

Ai
  • Ai
  • 【構成要素】

    旅と写真とブログでできている。

     JICAの青年海外協力隊として、東アフリカのタンザニアに行ったのが最初の海外生活。

      東南アジア、北米・中米など一人旅して、今はメキシコのオアハカに滞在中。スペイン語習ったり、写真撮りに行ったり。

     フォトストックサイトで写真を販売したり、翻訳やライターのお仕事もしつつノマドっぽいことしてます。

    【今後の展望】

    ・メキシコ移住実現

    ・オアハカのアートを探る旅

    ・南米を旅する

    アート好きな方や、写真撮ってる方、ブロガーの人などと繋がりたいです。
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