日本統治後の台湾・アメリカとベトナム戦争【台湾ヒストリー第二弾】

台湾が辿った激動の歴史第二弾!前回の記事では、台湾に中国人が入ってくる前の話もしました。

この小さな島国台湾は、日本とは違って沢山の国から支配を受け続けてきたわけですが、今でも中国なのかはたまた台湾は一つの国なのか、、、。

日本統治時代を終えた台湾のその後を追います。

日本統治後の台湾、アメリカとベトナム戦争と

台湾 台北 観光 スポット 名所
National Ching Kai-shek Memorial Hall, Taipei, Taiwan

中華民国統治 1945~現在に至るまで

ここから、今の台湾の形、ある意味国の支配下といった言葉が適切かは分からないけど、始まった。

第二次世界大戦が終了し、日本が降伏。

蒋介石(台湾の初代総統)が、1万人以上もの軍隊を引き連れて台湾に上陸した。そこで、彼らが台湾に着いてから婦女暴行また、強盗事件が頻発し、国内の不安が高まった。

ここで起こったのが、有名な228事件。台北にある228メモリアルパークにも足を運んでみた。228と呼ばれる由来は1947年2月28日に起こったから。

国民の不満爆発

中国大陸からやってきた官僚たちは、始めは歓迎されたが彼らの汚職が半端なかった。

そして台湾国民は失望した。さらには、中国からやってきた軍人の多くも質が悪く、殺人や強姦が頻発するようになった。しかも、加害者が処罰されないことも多かった。

反対に日本統治時代の方が治安も良かったし、教育水準も高く安定していたそうだ。

ベトナム戦争と関わりのあった台湾経済

1960年の6月に当時のアメリカ大統領ドワイト・デビッド・アイゼンハワーが台湾を訪問して、蒋介石と共に人々の声援を受ける様子。

U.S. President Eisenhower visited TAIWAN 美國總統艾森豪於1960年6月訪問臺灣台北時與蔣中正總統-2.jpg
via wikipedia

1950年代から1990年代において、中国と台湾の間で起きた軍事的な危機的状況が勃発。しかも4回も。

これを“台湾海峡危機”と呼び、結果アメリカが介入して戦争に発展することはなかった。

中国共産党が、台湾を完全に攻略する目的があった為だ。

ここでアメリカは共産勢力との対立の為に、台湾を支援し始めた。

そしてベトナム戦争(1955-1975)が始まる。アメリカは台湾から戦争の為の物資を購入し、その為にアメリカドルが大量に台湾に入る。

この結果、台湾は一気に景気が良くなった。

アメリカと経済的に密接に

台湾の台灣糖業博物館
台灣糖業博物館
Taiwan Sugar Museum, Kaohsiung, Taiwan

ベトナム戦争の背景もあって、台湾経済はアメリカの影響が強くなった。

この頃から、台湾からアメリカに大量の留学生が渡米。

アメリカに住み着く人も多かった。そして、特に台湾からの移民が多かったカリフォルニアで、その影響もあってAcerなどの大きなメーカーも誕生した。

台湾でも少子高齢化が問題に

Fo Guang Shan Buddha Museum, Kaohsiung, Taiwan
Fo Guang Shan Buddha Museum, Kaohsiung, Taiwan

社会が成熟するにつれ、台湾内でも日本と同じような少子高齢化問題が発生している。台湾政府が発表した数字では、2018年3月時点で65歳以上の高齢者が14.08%に達した。

これはWHO(世界保健機関)の定義で高齢化社会に入ったという事になる。

台湾はアジアでは日本に次いで2番目に高齢化率が高い。8年後には“超高齢化社会”とされる高齢者の割合が20%を越えると予想されていて、これは他の先進国よりも高速で高齢化社会に進んでいる計算になる。

台湾経済もこれから結構危険かもしれません!

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