ケベックシティ ”ノートルダム大聖堂”と”勝利のノートルダム教会”

ケベックシティ ”ノートルダム大聖堂”

ローマンカトリックの教会で、1843年に完成したカナダの中では相当古~~い教会

 

 

といっても、1647年から同じ場所に教会があったのだけれど、2度にも火災に見舞われ焼失。

 

 

現在の教会の形に至ったのが1843年という。

 

ダウンタウンに突如現れる教会で、存在感も大きい。

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戦争に巻き込まれて火事に合う

1度目の火災が1759年。当時のフランス軍とイギリス軍の戦争の最中で、ケベックシティの今でも残っている壁のすぐ外での衝突だった。


この戦争には、総勢10,000もの兵隊が戦い、このノートルダム教会もまた戦争に巻き込まれ焼かれてしまう。

当時の装飾(天蓋、ステンドグラス、絵画、ランプなど)は素晴らしいものだったらしい。

 

一部の装飾品は、フランスのルイ14世からの贈り物もあった。というので、きっと素敵なものだったに違いない。

 

2度目の火災は、1922年。KKKという名前で知られる白人至上主義団体の起こしたものだった。

 

 

 

向かって右側に横たわる男

François de Laval tomb.JPG
By LovesMacs - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

彼の名前はフランソワ・ドゥ・ラヴァル(Francois de Laval 1623-1708)。

 

彼はケベックで一番最初のローマンカトリック教の主教だった人物。カナダの教会の父とも呼ばれている。

 

ラヴァル氏は当時大きな影響力を持っていたモンモレンシー家のメンバーの一人でもあった。

 

滝の名前になるくらい大きなパワーを持っていたんですね。

勝利のノートルダム教会

ロウワータウンに位置する、比較的小さなローマンカトリックの教会。1687年に建築が始まり、1723年に完成。


1690年に起こったバトル・オブ・ケベック(ニューフランスとイングランドの闘い)から”勝利のノートルダム教会”という名前が付けられた。

 

 

やっぱり戦争で火事に合う

名前からも想像できるかもしれないが、この教会はケベックの町を危険から守る為の目的に作られた。


この教会は、1759年の当時イギリス軍の攻撃を受けて、大きく破壊されてしまった。

 

その後、1816年に、修復がFrançois Baillairgéという建築家のもと完了する。彼は、モントリオールのノートルダム大聖堂の外観や内装の装飾などを手掛けた事でも知られている。

 

大きな宗教画や、船の模型が飾られている。

 

 

 

ケベックシティで2つ目の教会

更に、この教会が建てられた理由として「

 

なるほど~。」

と思ったのが、

 

「参拝者も、牧師さんも、坂を上ってダウンタウンにある教会まで行くのが、冬の間大変だったから。」

 

元々ノートルダム大聖堂がアッパータウンにある。


しかし、とにかく、凍てつく寒さの冬は、少しでも近い教会があった方が良かったわけだ。

 

亡くなった人を運ぶのですら、大雪が降るケベックでは大変だったのだから、それも納得の理由。

 

 

 

あの有名な映画でも使われた

2002年に、レオナルド・ディカプリオとトム・ハンクスが主演を務めた”Catch Me If You Can”のシーンでも使われた。

最後の方だけちょろっと出てくる。

MEMO

時間:
水~土 12:00pm-7:00pm
日: 9:30am-7:00pm

ミサ:
日: 10:30am, 12:00pm

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