メキシコらしいフォークアートに出会えるオアハカの村10選[第1弾]

今までにも何度か書いていた通り、オアハカは芸術そしてフォークアートでも有名な街。

それぞれの村で、伝統産業が残っており、隣の街でも別のものを作っていて、その中には有名なアーティストの家族がいたりする。

特に面白いのは、家族全員でものづくりをしているところ。家族の結束が強いメキシコならではだなと思います。

今回は、有名どころのメキシカンフォークアートが残っている村々を紹介していきます。

1.テオティトラン・デル・ヴァレ Teotitlán del Valle

私が今滞在している街。小規模だけれど、あちこちにタペテと呼ばれるウールを織った絨毯を持っている。

糸から作り、自然のもの(コチニールという虫や、インディゴ、様々な植物を使う)で染めて、一つ一つ手織りで織っている。

街の中を歩いていると、たくさんのショップにタペテが置いてある。

今滞在させてもらっているおうちのすぐ下にもサポテコ族の家族が暮らしていて、毎日ばったんばったんと織機で織物をしている音が聞こえてくる。

毎週金曜日になると少し大きな市場も出る。といっても、市場は毎日やっていて、朝は大変活気があり、長い三つ編みをして、チェックの柄に花柄の刺繍が入ったエプロンをしたおばちゃんたちが、揃いも揃ってやってくる。

街中には、かわいらしいカフェもあり、コーヒーのクオリティも高い。

街の人も割とフレンドリーで、平和の時間が過ぎている。タペテの詳しい事はこちら。

テオティトランデルバジェの工房



テオティトランのタペテ職人のファミリー。

後ろがお母さんのロサと、手前が息子さんのジーザス。とても親切なご家族で、快く作業風景を見せてくれて、織り方を教えてもくれた。

2.サント・トーマス・ハリエサ Santo Tomás Jalieza

こちらも織物で有名な街。

綿の糸で、バックストラップ方式のもので、テオティトランの織物と比べて幅が細い織物がメイン。

こちらも、古くから織物をしている街。

毎日マーケットは開いているが、特に金曜日にオコトラン行くのがオススメ。

ベルトやハンドバック、ポーチ、テーブルウェアなど安めの価格で見つけられる。

3.サンタ・マリア・アツォンパ Santa María Atzompa

オアハカのアツォンパ村で作られるバロヴェルデ

アツォンパ村の90%の人々は、緑色の陶器の焼き物を作っている。

これらの緑色の陶器は、料理やベーキング、盛り付け等のためにに使われるためのもの。

素材になる土は、ここの近くの土地(San Lorenzo Cacautepec)からとれたもの。彼らは未だにドンキーを使ってその土を運んでいる。

原料となる土を村に持って帰ってきてから、男性がまず水を加えたちを柔らかくしたり、始めの作業を担当する。

形を作ってから、8日間放置して乾かす。その後で焼く作業に取り掛かる。

一度焼いてから、釉薬を塗ってまた焼く。釉薬はもともと使われていたわけではなく、16世紀に牧師だったAlonso Figueroaと言う人物が持ち込んで広めたもの。

しかしその時代からは、ほとんど何も変わらず伝統を守り続けている。

アツォンパ村にはアツォンパ遺跡も残っていて、そこにも陶器を作っていた場所が残っていた。

オアハカの魅力的な遺跡たち

4.オコトラン Ocotlán

Frida by Josefina Aguilar Alca¦üntara.jpg


By Friends of Oaxacan Folk Art, CC BY-SA 3.0, Link

カラフルな粘土の人形を作る、Aguilarsファミリーが有名。

陶器を作る職人だったIsaura Alcantara Diazと、彼女の夫のJesus Aguila Revillaが粘土でオアハカの人々の生活を表現する人形を作り始めたのがきっかけで、これらの5人の娘たちに粘土の人形の作り方を教え始めた。

とても繊細で、ユーモラスな人形は見ていてほっとするようなデザインになっている。

赤ちゃんを抱きかかえるお母さんの姿だったり、花でいっぱいに彩られた女性が描かれたり、マーケットでものを売る女性だったり。

これぞフォークアートといったところでしょうか。

そして今では3代にわたって続いている。

5.サン・バルトロ・コヨテペック San Bartolo Coyotepec

バロ・ネグロと呼ばれる、黒光りする陶器で有名な街。

ここまで真っ黒な陶器は、なかなか見たことがない。

モンテアルバンの時代からこのバロ・ネグロは作られていて、アツォンパで作られる緑の陶器も同じような歴史を辿ってきた。そんな大昔から作られていた。

しかも、未だに作られ続けている伝統が生きていると言う事実は大変なこと。

しかしこのバロ・ネグロ、昔はここまで黒くはなく、グレーでマットな仕上がりだった。

1950年代に、Doña Rosaと言う人物が陶器を焼く前に磨いて、さらに低温で焼くことで、光沢が出る方法を編み出し、それがこの村の有名な産業になっていった。

長くなってきたので続きはまた今度!

第二弾の記事はこちら

オアハカ旅ブログ