インカのエリートたちが住んでいたピサク遺跡へ【ペルー・ピサク】

だいぶ体調が良くなったのでしばらく暮らしたクスコから出発して、近くのピサクに移動。
思ったよりものすごくヒッピーな村でびっくり。
明日からしばらく天気が悪いそうなので今日中にピサク遺跡に行くことにした。
ピサク遺跡とは
ピサクのインカ遺跡は、ペルーの聖なる谷にある現在のピサクの町の上にある山の尾根に沿って、農業用段丘、住居、監視所、見張り塔、儀式・宗教センターからなる大規模なインカの複合施設です。
1983年、この遺跡の重要性を認識し、保護するためにピサク国立考古学公園が設立されました。
Pisac Village
現在残っている複合施設がいつ建設されたかは不明だが、インカの人々による貢献は、1440年より前にインカ皇帝パチャクティ(1438-1471/1472)によって建設されたというのが通説である。
多くの建造物が素晴らしい状態で残っているにもかかわらず、この遺跡の実際の目的についてはほとんど決定的なことは分かっていない。
チョケキラオが西の入り口、オリャンタイタンボが北の入り口を守っていたのに対し、ピサクは聖なる谷の南の入り口を守っていたと考える研究者もいる。
インカ帝国と熱帯雨林の境界を結ぶルートを支配していたため、アンティスユ地方(インカ帝国東部)、現在のパチャクテック、マヌーのジャングルに住むアンティ(アシャニンカ、チマネなど様々な猛者たちのインカの総称)の攻撃からクスコを守ることができたのだろう。
ピサク遺跡の場所
インティワタナエリア
両側にパノラマの景色が広がる小さな尾根にあるのが、このコンプレックスの儀式と宗教のエリアです。
その中心にはインティワタナがあるため、一般的にはインティワタナまたはインティワタナエリアと呼ばれています。
インティワタナとは、「太陽の連結柱」を意味する彫刻が施された祭祀用の岩のことです。
インティワタナとは、ケチュア語のインティ(太陽)、ワタナ(留め具)を意味する「Intiwatana」をヒスパニック語にした表記です。
インティワタナ神殿は、D字型の半円形の建物で、正門は南側にあり、ピンク色の最高級の花崗岩のブロックで造られています。
この建物は、太陽の動きを追跡し、特に重要な成長期の到来を判断するための天文台として使用されていたと考えられている。
6月21日には東の頂上から、12月21日には別の頂上から、太陽が正確に昇る。この岩の彫刻は、先住民の信仰を一掃しようとしたスペイン人によって損なわれました。
この部分は、数年前に破壊者がその一部を破壊したため、現在は一般公開されていない。
インティワタナのある建物の周りには、5つの建物があり、そのうちの1つは月を崇拝するためのものだったと考えられています。インティワタナの前には、神聖なチャカナ(インカの十字架)があり、地下水路に流れる儀式用の浴場もいくつかある。
インティワタナを取り囲むように5つの寺院の壁があり、そのうちの1つはおそらく月の崇拝に捧げられていたものと思われる。
ここでも素晴らしく美しい石が積みあがっている。
綺麗な石を使って建てられているのは、より重要な場所という意味。逆にキッチンだったり労働者の家などは適当な小さな石で作られていて、そんなとこでもレベルを付けていたそうだ。
チャカナ
インティワタナ神殿の前には、神聖なチャカナ(インカの十字架)がある。
多分これ。
これの意味をおじさんが一生懸命教えてくれて、
ちょうど段々ができている向こう側が北になっていて逆側が南になっている。
影ができる方向で朝と夜がわかる。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tawa_chakana.svg#/media/File:Tawa_chakana.svg
チャカナ(インカ十字)は、コンパスのカーディナルポイントを示す等腕十字と、正方形を重ねた階段状の十字架である。
正方形は、存在の他の2つのレベルを表すと示唆されている。存在の3つのレベルとは、ハナ・パチャ(優れた神々が住む上の世界)、ケイ・パチャ(私たちの日常生活の世界)、ウクまたはウリン・パチャ(死者の霊、祖先、その支配者、地上の平面と密接に接触する様々な神々が住む地下の世界)である。
十字架の中心を貫く穴は、シャーマンが宇宙の金庫を通過して他のレベルへ行くための軸である。また、インカ帝国の中心地であるクスコや南十字星を表すとも言われている。
おじさんが教えてくれたのは、このテーブルの上で動物をいけにえにして心臓を神様に捧げていたそうだ。
ものすごく大きな岩でできていて、岩がとても神聖なものだったことが分かる。
棚田
山の斜面には、高さ6mほどのアンデンと呼ばれる農業用段々畑が約500本、山腹の輪郭に沿って広がっています。
地滑りによる土壌浸食の脅威を軽減する一方で、耕作地の拡大を図ることが第一の目的であった。
段丘は、厚さ600〜750mmの野面石でできた壁で囲まれている。
この石垣は、植栽地を平らにし、湿度を保つだけでなく、日中は熱を持ち、夜になって気温が下がるとその熱をゆっくりと土に放出するため、霜が降りるまで植物の根を温め、成長期を長くすることができます。
また、より高い姿勢での作物の栽培を可能にし、段々畑の周囲温度は、段々畑のない丘陵地よりも3℃高く、標高が約600m下がることが研究で分かっている。
段々畑の下層を埋め戻すために砂利を使用すると水を節約でき、しかも大雨の後に水が排水されて内部に溜まり、土壌が拡張して壁を押し広げてしまわないようにすることができる。
海抜2,995メートル(9,826フィート)から3,450メートル(11,320フィート)までの高さに、少なくとも14種類の異なる形状のテラスが存在する。
その多くは現在も使用されている。現代のPísacに最も近い段丘はAndenes Acchapataで、谷底と川まで伸びる40もの個々の段丘から構成されています。
インカのお墓
遺跡の中で仕事をしていた地元のおじさんが色々教えてくれて、この断崖絶壁に穴がいくつも空いているのはインカの人々のお墓だそうだ。
3000個穴があるらしく、その一つ一つにインカの重要人物の遺体が埋葬されている。
見た感じ結構小さいままでインカの人々はなくなった体を折りたたんで布などで巻いて綺麗に処理した後その穴の中に入れたそうだ。
ピサク遺跡を5時間かけてハイキングをした
入口の所で70ソル支払いをしてからかなりの急な坂をハイキングすることになったけど、まさかここまでハードだとは思わなかった。
入り口のチケット売り場のおじさんは2時間くらいで到達できると言っていたが、倍以上かかってしまった。
ゆっくり写真を撮ったりしていたからか、それにしても2時間で全ての工程を終わらせる人はいるのだろうか?
途中石にお供え物をしている場所を発見した。
インカの人々は石は神様だったんだろうか。少し神道にも似た考え方なんだろうな。
とても面白い一日になった。