[世界最大級のピラミッドに圧倒される]メキシコシティに戻ってアステカの遺跡テオティワカンへ

いよいよ2週間を超す、メキシコ・キューバの家族旅行も大詰め。今回訪れるのは、超巨大なテオティワカン遺跡。
一人旅では、ゆったりのんびりしていたけれど、なんせ時間がないからあっちへこっちへ毎日忙しく観光しまくる日々。今はメキシコのグアダラハラで、こうしてのんびりブログを書いていますが、家族旅してる時は、パソコンなんて見てる暇一切なし!
ユカタンのチチェン・イッツァに行って、トゥルム遺跡にも行って、バジャドリの町を楽しんで、キューバに飛んでハバナ、トリニダと観光し、最後はハバナからメキシコシティに飛んだ。
空港近くの宿をAirbnbで取って、そこからテオティワカン遺跡をめざした。
ちょうどセマナ・サンタの日が重なったからなのか、北ターミナルは人・人・人でチケットを買うにも30-40分くらい並んで、やっと買えた。
テオティワカン遺跡に着いても、チケット売り場の前で並んだし、大型連休恐るべし。
そして、さすがに超巨大遺跡なだけあって、歩くのが大変!
歩いても歩いても次のピラミッドの辿り着かないし、遺跡内に売っているのはお土産ばかりで、フルーツを買ったりジュースを買ったりして座ってのんびりできないのが、ちょっと困った。
いや、どこの遺跡もそんな感じなんだけど、これだけ巨大だと本当に大変。しかも、真夏じゃないのに、結構暑いので季節を選んでいった方がいいかも。
ただ、テオティワカン遺跡は大変すごい迫力で見応えがあったので、一生に一度は訪れるべき場所。
あんな壮大な建築物は見た事がない。メキシコ人って、すげえと心から感じだ一瞬だった。そして、テオティワカンやアステカについて調べていたら面白い背景があった。まず、
テオティワカン遺跡とはなんぞや? What is the “TEOTIHUACAN”?
メキシコシティから40kmほど北に、巨大なアステカの遺跡がある。
これが有名なティオティワカン遺跡だ。当時、アメリカ大陸の中でも、最大級の大きさを誇り、歩くのが大変!日影がないから、余計に大変。行くときはしっかりと水を持って行くべき。
その規模も関係して、メソアメリカのピラミッドの中でも建築学から見て非常に重要なピラミッドのひとつ。
当時の人口は、125,000超とも言われていて人口の数においても凄まじく大きな都市だったことが分かる。
反映したのは、紀元前2世紀~6世紀ごろまでで、宗教の中心だったと言われている。
なぜ”テオティワカン”と呼ばれているのか? Why it`s called “TEOTIHUACAN”?
この辺りに昔から住んでいるアステカ系民族ナワトル族の言葉で、
「神様が生まれる場所」
という意味から、このティオティワカンという名前が来ているんだとか。
アステカの人々は、ここで神様が誕生し、更には宇宙と作った。と信じていたわけだ。しかし、実はこの名前は、550年頃に発見された後で名付けられたもので、もともとどうやって呼ばれていたのかは分かっていない。というのが実情。
テオティワカン遺跡の歴史/初期 Beggening
実はテオティワカンを発見した人が分かっておらず、未だに解明されていない謎が多いのがこのテオティワカン。
マヤ文明が栄えた時期にも重なり、トルテック文明よりも早い時期だ。
紀元前3世紀ごろに、南東のエリアから人々が集まって来て一つの大きな集落を作り上げた。アステカの文化が出来上がる前に、トルテック族が建築を始めたとも考えられていたが、アステカの言葉でトルテックは、
「素晴らしい技術を持った技術者」
という意味だった事から、必ずしもトルテック族が作ったわけでもないそうだ。
そして、人々が住み着き始めて、耕作が始まり、川をカヌーで渡るような技術も発展し、食料を効率よく運搬するシステムができていく。
太陽のピラミッドは、西暦100年頃に完成した。
そして、4世紀ごろになると人口も増えて200,000人を超えるようになりアメリカ大陸でも最大規模の都市に成長する。
農作が始まって色んなものが作られ始める Produce
文明が進むと、人々は生活の為に農作を始めた。特に、綿、塩、チョコレートを作るためのカカオなどなど。
もちろん、彼らの食生活でかかせないトウモロコシ、豆、カボチャ、トマト、アボカド、さぼてん(今でもタコスの上に乗せて食べる!)、トウガラシなど。
植物だけじゃなく、お肉ももちろん食べている。犬、七面鳥、鹿、うさぎ、豚の様なペッカリーという動物も頻繁に食べられていた。
そして、この辺り独特のテキスタイルを含むクラフトも生まれ、マヤ文字に似た彼ら特有の文字も生まれた。
ユニークな宗教観 Religion
By Adrian Hernandez – Own work, CC BY-SA 4.0, Link
蜘蛛の女神
調べていると、テオティワカンに住んでいた古代メキシコ人たちの面白い宗教観についての記事に出逢った。
英語の原文はこっちと、wikipediaも参照
https://www.ancient.eu/Teotihuacan/
彼らが崇拝していたのは、女神でしかも蜘蛛の女神様。
ちょっとメドゥーサみたい。牙のあるお面をかぶった蜘蛛の女神様は、遺跡の中の壁画になっていたり、像を作って崇められていた。
彼女はいつも正面を向いて描かれ、手には水・種・翡翠のお宝を持っている。そして、手のひらからは植物が生えていて、生命の象徴だったと推測できる。ただ、この神様はテオティワカン以外では登場しない。
蜘蛛の女神は、あの世、闇、地球、水、戦争、そして創造そのものを司る神様として存在している。
特にメソアメリカでよく登場する神様は、ジャガー、フクロウ、そして蜘蛛が象徴として出てくる。蜘蛛は闇の世界の象徴であり、夜の洞窟なんかでよく見られるからだろう。イメージをそのまま神様にしてるのが、面白い。
他のアステカの神様たち
他には水の神様であるチャルチウトリクエ(Chalchiuhtlicue)や、雨と戦争の神様であるトラロック(Tlaloc)など。
乾燥地帯だから、水を神様として崇めるのも頷ける。キリスト教が入ってくる前は、彼らも私たち日本人同様に?多神教であった事が分かる。
まあ、祖先はきっと同じだから、宗教観でも共通部分があるのは当然かもしれないし、私は多神教と自然信仰の考え方の方が断然好き。と、外国人と宗教の話をする時はいつも思う。
そして、特にティオティワカン遺跡で有名な神様はケツァルコアトル(Quetzalcoatl)ではないだろうか。
ピラミッドが作られるくらいだし。ケツァルコアトルは、羽を持った大蛇の神様で、可愛いお顔をしている。
空気や風を司る神様で、学問の神様でもある。マヤ遺跡のククルカン(チチェン・イッツァのククルカンの降臨にも行ってきました!)と同じ神様という学者さんもいて、確かにククルカンもヘビだったな。と思い出す。
ククルカンの降臨の時の記事がこちら
チチェン・イッツァ、ククルカンの降臨と夜のショーは予想以上に感動ものだった。チケットの取り方、バジャドリへの帰り方
メキシコシティからテオティワカン遺跡への行き方とコスト How to get to TEOTIHUACAN from Mexico City?
北ターミナルからバスが出ているので、当日券を買って向かった。
料金は片道104ペソで、会社はAuto buses Teotihuacanと分かりやすく書かれている。向かって左側の端の方にチケットブースがある。
往復でも購入可。
所要時間は1時間半くらいだったが、かなり手前で降ろされて遺跡の入り口まで15分くらい歩かないといけなかった。大型連休だったから、特別だったのかもしれない。
テオティワカン遺跡の入場料は70ペソ。
チチェン・イッツァとかウシュマルと比べると、大変良心的なお値段!
レストランも出口付近に沢山あるので、水さえ持っていれば困らない。帰りは太陽のピラミッドの前の道を真っ直ぐ行くと、出口があってそこにバスが来た。恐らくどこの出口も通過するだろうけど。
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