【キューバ】トリニダへ レオとヤミのCasaに宿泊/音楽と夕日・ビーチを堪能

キューバの一大観光地といえばトリニダ!
キューバに行った人の大半は恐らく訪れるであろう場所だ。
山も海も、旧市街の雰囲気もよくてついつい長居してしまう不思議な魅力を持った町だ。キューバの中では一番好きかもしれない。
ここには、日本人が口コミで集まって来るキューバ人夫婦が経営する民宿がある。
前回も訪れ、また母のリクエストで?訪れて再会する事になった、レオとヤミと娘のガビちゃん。新たに出会った旅人達。
そして、街を散策して、美術館へ入ったり、夕日の時間にはテラスの上に登ってビールとキューババンドの生演奏で最高にハッピーな一日の締めくくり。
知らない中国人のおじさんたちともしゃべったり、路上でギターを弾いているおっちゃんと一緒に写真を撮らしてもらったり。
あくる日は、朝からビーチへ行ってみて、戻ったらヤミがランチも作ってくれた。こうして、忙しかったけど思い出に残るトリニダ旅が終わる。
レオとヤミの家 Casa Leo y Yami

トリニダはこの家族なしには語れない。
前回来た時も、とてもお世話になったレオとヤミ。前回は丁度閑散期から繁忙期に変わる時に、レオヤミが数日の休日を取って近くのローカルビーチリゾートのプラヤヒロンへ行くから、
レオ達「一緒に行こうぜ!」
となんとお客なのに誘ってもらって、こっちもノリで付いて行った。
レオヤミ御一行様は、レオ達夫婦とそのお友達のピト夫婦と、そのお母さん。
私たちは、ここで知り合った日本人4人。
なんだか親せきみたいなノリだ。すべてはノリで出来ている。
そんなレオとヤミ。メキシコにいる間に、ちょうどfacebookで友達申請が来て、連絡が取れるようになっていた(神様の思し召しか?)。
で、今度家族で行くからね。とメッセージをしておいた。ちゃんとお部屋も取って置いてくれて、ありがたい。

そして、晩御飯も盛大に作ってくれて、うちの親もレオ達の歓迎にびっくりして、喜んでくれていたみたい。
娘のガビにもまた逢えたし、良かった良かった。あんなに温かい気持ちになれるお宿は、世界中探しても中々ないよ!
ここで出会った旅人達(ここはほとんど日本人宿と化していて、口コミでここまで人が集まるのはすごい。)と食事を共にして、束の間のひと時を一緒に過ごす。
母「いろんな人がいるんやね~。」
と大学生で旅をしている若者たちや、リタイアして一人のんびりと旅をする方々と話ができて、驚きと共に発見もあったみたい。
人生いろいろだけど、ここに集まるような人たちはそれぞれに、人生と旅を思う存分楽しんでいるように見える。
レストランのテラスからの美しい夕日 Gorgeous Sunset at the restaurant
このレストランのテラスからの眺めがとても良かった。
音楽も、一つのバンドじゃなくて、ある程度演奏したら次のバンドが来ていた。
料理は食べなかったので、美味しいかどうか分からないけど、ビール片手に夕日と街並みを楽しむには中々素敵な場所。夕日の時間になると、混んできてテラスは満席になっていたので少し早めに行っていい席を取る事ができたのが、より良かった。
そして、ここで出会ったのが超高級なカメラを2つづつ首からぶら下げた、いかにも中国人らしいおじさんの3人グループ。
バンドの音楽が始まっても、ものすごい勢いで写真を撮っていたし、夕日の時間もすごかった。しかも、うちらが隣にいたもんだから、多分周りのいい年の白人カップルたちは、
「アジア人は、、」
と思っていたかもしれない。
なんかのタイミングでおじさんたちと話してみると、意外とフレンドリーでにこにこと対応してくれる。
1人は日本人の奥さんがいるらしく、少し日本語も話していた。このキューバの旅が終わればまた日本にも行くらしい。それにしても、金持ち感とあまりの中国人らしさがすごかった。
レストランの場所は、下の地図が示しているところのすぐ横にある“El Criollo”というレストランだ。
絶景のコンベント。今は革命博物館になっている。 Convento de San Francisco de Asís

植民地時代のトリニダにできた宗教施設だ。18-19世紀に、フランシスコ会の修道士によって建築が進められた。
今では、25セントコインのデザインにもなっている。
中はキューバ革命が起こった時の資料が沢山展示されていて、戦った方々の写真なんかも飾られている。
戦車までもそのまま展示してあり、大きな争いがあったんだという事を物語っている。しかし、全て説明書きはスペイン語だ。これから英語や他の言語での展示がされる日が来るのだろうか。
トリニダのスペイン支配時代の歴史が気になった Colonial history of TRINIDAD?
By Unknown – JCB Archive of Early American Images, Public Domain, Link
トリニダが初めてスペイン人のディエゴ・ベラスケス・デ・クエリァルによって発見される。
これが1514年12月23日の事だ。トリニダは、キューバの中ではバラコア、バヤモに次いで3番目の入植地となった。
彼はキューバを制圧した後で、メキシコにも渡っている。
そして、ここからトリニダは17世紀の終わりまで大きな貿易の要所として使われていた。
18世紀になると、今でも主要産業であるサトウキビから作る砂糖の貿易が大きく発展する一つの起爆剤になった。
この時に、スペイン人によってアフリカから働き手として沢山連れて来られた移民がトリニダ周辺に爆発的に増えたわけだ。
しかし、このお陰でトリニダはキューバの中でも豊かな地域となる。1988年には、遂に世界遺産にも指定されて、より観光業が盛んになる。
ここで私が疑問に思ったのは、先住民ってキューバにいなかったの?というシンプルな質問。
メキシコはこんなに近いのに、先住民とスペイン人の混血の人が多い。でも、キューバはほぼ黒人の国だ。ここまで人種が違うのが不思議だった。
そしたら、割と有名な話かもしれないけれど、やはりキューバにも先住民はいた。
いたのに、ヨーロッパやアフリカから持ち込まれた疫病によって、彼らの命は途絶えてしまったそうだ。ほぼ全滅した。という事。なんてこった。
スペイン人が入植してくる前の1510年には11万人ほどのキューバ先住民が住んでいたというのだから驚きだ。
それが、ほんの100年くらいで全てが変わってしまって、もともと住んでいた人たちは追いやられ、独特の文化も残っていない。色んな意味で不思議な国だ。
プラヤアンコンで泳いだり Enjoy the beach “playa ancon”
トリニダからバスやタクシーを使って、ビーチへも行ってみよう。
自転車を借りて行ったり、中には歩いて行って帰ってくる強者もいる。かなり距離があるので、後悔したと笑いながら話してくれる人にも数人出逢ったので、グループでタクシーをシェアするのが一番いいと思う。
屋根に上って1日なら何度でも乗れるバスが5CUC。
そして、タクシーはみんなで町の中心まで8CUC。人数で割れるから、人がいるだけお得。
何故か場所を指定すると10CUCだと値上げされた。
始めに住所を見せて確認したのに、後から値上げ要求をしてくる。それって道徳的にどうなんだよ。観光客から少々金を取ってもいいだろうという風潮あり。
ビーチはあまり人もうじゃうじゃいるわけじゃないし、波も穏やかなので海に入って泳いだり、ビーチで読書をしたり。という贅沢な時間の過ごし方ができる。
アンコンには3つのオールインクルーシブホテルがあって、カナダなどから来る家族連れの観光客が多い。そして、ダイビングショップもあった。
値段は1ダイブ35CUC、2ダイブ64CUCと沢山潜れば潜るほど割安で潜れる値段設定。
2ダイブ64CUCなら結構安いのではないだろうか。
このダイビングショップだと、1本34CUC~。4本潜れば121CUCらしい。あー、海潜りたい!
最後に・トリニダは絶対訪れるべきキューバの名所だった
以上トリニダの魅力が少しでも伝わったら嬉しいです。
のんびりとするもよし、ビーチで釣りをするもよし、ハイキングに行くもよし、乗馬もできる。
コロニアルタウンらしい町並みも、写真を撮っていて楽しいし、お土産の種類も豊富なので、ここでお土産を買うのもいい。